| アマデウス | |
| 監督 ミロス・フォアマン 主演 トム・ハルス/F・マーリー・エイブラハム/エリザベス・ベリッジ |
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| Story | 1825年、一人の老人が自殺を図り病院に運び込まれた その言動から治療後、精神病棟に隔離される 尋ねてきた司教にその老人はゆっくりと、そして信じられない話をし始める 老人の名は「アントニオ・サリエリ」、皇帝ヨーゼフ2世の元で宮廷作曲家として 名を馳せた程の人物であった。 「懺悔する者を神は許します」 この言葉にサリエリはまるで神へ復習するがごとく、その恐ろしい陰謀を明かす ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 、彼を殺したのは私だ そして目を瞑るサリエリからフラッシュバックする。 35歳の若さで病死したモーツァルト、しかしその死には謎が多く毒殺ではと 当時からささやかれている。 思想的秘密結社や父の呪縛、その天才的で破天荒な言動・・ ヴォルフィーの最後の作曲「レクイエム」の結末とは! |
| 感想 | このアマデウスを見たのは多分12,3年前だったと思う。 妙に興味を引かれ見たのを覚えている、そして自分の中のモーツァルトと映画の彼との あまりのギャップの差にショックを受けた覚えがある そして今回どうしてももう一度見たくなり借りてきた。 84年にアカデミー賞(8部門)を総なめにした作品だけあり、新作として出しても おかしくないほどの新鮮さを感じた! ただの悪ではなくサリエリの失望と嫉妬が理解できるようになった。 親の理解を得ず、神を信じ苦労して宮廷作曲家の地位まで上り詰めたサリエリに対し 5歳で作曲、幼少から国王やローマ法王の前で演奏し神童と呼ばれたヴォルフィー なぜモーツァルトの曲は覚えられ私の曲は忘れ去られるのか? そして出会いからその天性をまざまざ見せ付けられるサリエリの苦悩と失望は同情さえ してしまった。 なにより驚くのはヴォルフィーのその性格と言動、下ネタや卑猥な言葉を時に皇帝の前で さえ使ったのは歴史的事実。 あふれ出るメロディーの泉の一端はそこにあるような気がしてならない。 神が創造した彼ならば彼の音楽はまた神の音楽、なぜ私を選んでくれないのか? この作品のキーポイントはレクイエムにあると思う。 実際にはレクイエムを依頼したのは彼ではないが、話の中ではサリエリが彼の呪縛を利用して 依頼した事になっている、レクイエムを完成させる事が出来なかったヴォルフィーだが それもサリエリに対する神の意思だったと思う。 そして追い詰めて行く過程と、常に流れるヴォルフィーの音楽はとにかくひきつけられる。 華麗で美しく優雅でありながら、えごと憎悪の全てをオペラのように映し出す最高の1本だろう。 階級を愚弄するものとして皇帝に上演禁止されていたオペラ「フィガロの結婚」を 同じく禁止されていた バレエの振り付けつきで上演させたのは実話であり、その過程は ヴォルフィーでしか成せなかった そして同じ宮廷作曲家達の妨害工作など、表面と裏腹な人の嫉妬や妬みが時代に関係なく リアルに表現されている。 幼い頃宮廷で演奏したヴォルフィーが滑って転んだ時、皇帝の妹であるマリ・アントワネットが 助け起こした、そして起こされたヴォルフィーはその場でマリ・アントワネットに求婚したと言う 話は有名である。 この話は映画の中にも出てくる彼らしいエピソードだが、それが事実かどうかは今となっては分からない。 映画「アマデウス」は今なお根強いファンを持ち、昨年20分の未公開シーンを加えて リバイバル上映された程である。 1756〜1791年と言う短い人生の中で彼が作曲した数626 そのほとんどが手直し書き直しのない一筆書きのオリジナル楽譜であったと言われている 筆を持った時にはすでに、頭の中に完成した音楽があったアマデウス・モーツァルト、 その美しいメロディーは人の枠を超え神の音楽とさえ言っても過言ではない。 |